近年、調剤薬局業界では少子高齢化や診療報酬の改定などを背景に、大手チェーンや中規模企業によるM&A(合併・買収)が活発化しています。店舗数がコンビニエンスストアを超えるまでに拡大した市場規模と、医療費抑制の動きが同時に進行する中で、薬局同士の統合や買収はどのように行われているのか。以下では、最新のデータを踏まえながら、業界全体の流れを整理します。
厚生労働省が2023年9月に公表したデータによると、2022年度の調剤医療費(電算処理分)は前年度比1.7%増の7兆8,821億円でした。処方箋枚数は8億3,762万枚に達し、コロナ禍で減少した処方箋が回復傾向にあることが確認できます。一方、1枚当たりの調剤医療費は9,392円と2年連続で前年を下回っています。
調剤薬局数は2021年度末時点で61,791店舗にまで拡大し、コンビニエンスストアを上回る数に達しました。大手チェーンが新規出店や買収による規模拡大を続ける一方、家族経営の小規模薬局も多く存在し、市場全体としてはまだ寡占化が進んでいないのが特徴です。
調剤薬局業界では、上位10社の市場占有率は売上高ベースで13.9%ほどと、他業種と比べて比較的低い水準にとどまっています。しかし、大手企業によるM&Aの増加を背景に、さらなる集約が進む可能性があります。具体的には、門前薬局やパパママ薬局など地域に根ざした店舗が、大手チェーンによる買収・子会社化の対象になりやすい傾向が見られます。
一方で、地域密着型の薬局でも独自のサービスや在宅医療などの強みを打ち出し、安定した経営を続ける例もあります。後継者不足や資金調達面に課題がある場合には、経営継続を図る選択肢のひとつとしてM&Aが検討されるケースが増えています。
薬局経営を左右する大きな要素のひとつが、2年に1度行われる調剤報酬改定です。2022年4月の改定では、処方率の高い大手チェーン薬局を中心に調剤基本料が見直され、収益に影響が出ました。高齢化に伴う医療費の増加が続く一方、国費負担を抑えるための薬価引き下げや報酬改定の圧力は今後も続くとみられています。
さらに、薬剤師の確保も業界の課題です。大手チェーンやドラッグストアは新卒薬剤師を積極採用しており、とくに地方での人材不足が深刻化しています。こうした経営環境の厳しさから、単独での存続が難しくなった薬局が大手や中規模企業とのM&Aを検討しやすい状況が続いています。
2020年以降、ココカラファインや日本調剤、クオールホールディングスなどが全国各地の薬局を買収・子会社化し、事業基盤を広げる動きが顕著です。たとえば、クオールホールディングスは茨城や大阪の薬局を買収したり、兵庫や鹿児島の薬局を子会社化するなど、積極的に店舗数を増やしています。
このような事例が増えている背景には、調剤薬局の飽和状態と収益構造の変化があります。新規出店による拡大が難しくなった大手チェーンは、既存の中小薬局を取り込むことで効率化や規模の経済を追求しているのです。
ドラッグストア業界も、好立地の新規出店場所の減少や薬事法改正などを受け、市場成長の伸びが鈍化しています。そのため、大手ドラッグストアがエリア拡大やシェア向上を狙い、M&Aや業務提携に積極的です。調剤併設型ドラッグストアが増加したことで、ドラッグストアと調剤薬局の境界線があいまいになりつつある点も業界再編を後押ししています。
競合が増えるなか、調剤薬局にとっては専門性や地域密着サービスの強化が生き残りの鍵となります。単独では十分な利益を確保できないケースもあるため、M&Aや連携によって事業規模を拡大し、経営効率化を図る動きが加速すると予想されます。
薬局のM&A(合併・買収)には、買い手企業(譲受側)・売り手企業(譲渡側)ともにさまざまなメリットがあります。また、M&Aの方法としては「株式譲渡」と「事業譲渡」が代表的です。株式譲渡では会社そのものを買収・譲渡し、借入金や従業員、資産などをすべて引き継ぐ点が特徴です。一方、事業譲渡では特定の事業部門や店舗だけを譲渡・買収することが可能となり、メリット・デメリットが異なる場合があります。
M&Aによって店舗数や処方箋枚数が増加し、仕入れコストの削減や在庫管理の効率化が期待できます。規模の経済を享受することで、収益性を高めやすくなります。
特定の地域や新たなエリアに進出でき、顧客基盤を拡大することが可能です。地域の医療機関との連携強化やブランド力向上にもつながります。
買収先が持つ専門性(在宅医療やオンライン服薬指導など)やノウハウを取り込むことで、新サービスの展開がスムーズに行えます。
経験豊富な薬剤師やスタッフを引き継ぐことで、即戦力として活躍してもらうと同時に、人材不足のリスクを緩和できます。
後継者不足や資金不足で単独経営が困難な場合でも、買い手企業の経営資源を活かすことで、薬局の事業を継続させられます。
M&Aによって薬局が存続するため、スタッフの雇用を守りつつ、買い手側の福利厚生や研修制度を活用できるケースもあります。
長年経営してきた店舗やノウハウに対して適正な評価が得られれば、売却によるまとまった資金が得られます。今後の資産形成や新規事業への投資に活用できるでしょう。
経営者が抱えていた借入金や経営リスクを譲渡後は負わなくなるケースもあり、引退や次の事業へのスムーズな移行が可能になります。
メリットが多い一方、M&Aにはコストやリスクも伴います。株式譲渡と事業譲渡では、承継する範囲や引き継ぎ手続きの煩雑さに違いがあるため、どの手法を選ぶか慎重に検討する必要があります。
買収価格やアドバイザー費用、法務・財務デューデリジェンスなどにかかるコストに加え、M&A後のシステム統合・ブランド統一などの追加費用も発生します。
買収した薬局と自社の企業文化や経営理念が異なる場合、従業員のモチベーション低下や離職率上昇につながる可能性があります。想定したシナジーが得られないケースも珍しくありません。
株式譲渡の場合、売り手企業の債務をすべて引き受けるため、事前に把握できなかった負債や訴訟リスクが後から明るみに出る場合があります。
長年築いた事業を手放すことで、経営者や従業員に心理的な抵抗が生じたり、地域で培ってきた独自のブランド価値が薄れる可能性があります。
売却契約により、一定期間は同業種での開業ができない、経営支援を続ける義務があるなど、行動が制限されることがあります。
新オーナーの方針に従わざるを得なくなる場合、待遇面や働き方に変化が生じ、従業員が離職するリスクが考えられます。
薬局のM&A(合併・買収)では、買い手側が経営戦略を明確にし、適切な相手先と交渉を重ねながら契約を締結していくプロセスが重要です。ここでは、一般的なM&Aの流れを薬局業界に当てはめながら解説します。
まずは、M&Aを行う目的や目標を明確化します。たとえば「新規エリアへの進出」「在宅医療やオンライン薬局サービスの導入」「経営規模の拡大」など、どのような成果を得たいかをはっきりさせることが肝心です。事前に定めた戦略や目的は、後の交渉やPMI(統合)まで一貫してブレがないようにします。
戦略で設定した条件をもとに、買収候補となる薬局のリストを作成します。具体的には以下をチェックします。
この段階では取得できる情報に限りがあるため、専門のコンサルタントやM&A仲介会社の協力を得ると効率的です。
買収候補を絞り込んだら、実際に相手先と接触してM&Aの意向を確認します。具体的には次のような流れです。
検討段階で得る情報は機密性が高いため、情報保護のために先方と秘密保持契約を交わします。
M&Aの目的やおおまかな条件・価格帯をすり合わせる段階です。買い手側が誠実に対応することが、後のクロージングやPMIで良好な関係を築くうえで重要になります。
デューデリジェンスでは、買収候補の実態を詳しく調査してリスクや問題点を洗い出します。調査の主な対象は以下のとおりです。
事前に懸念事項を整理し、DDで重点的にチェックするポイントを明確にしておくと、より効率的に進められます。
デューデリジェンスで判明したリスクや調整事項を踏まえ、最終的な取引条件を固めます。譲れない条件と譲歩可能な条件をあらかじめ整理しておくとスムーズです。具体的には以下が行われます。
売買金額や支払い方法、引き継ぐ従業員の処遇などを詳細に交渉し、契約書に反映します。
契約書の署名・捺印を経て、株式譲渡や事業譲渡の手続きを実行します。必要に応じて金融機関への連絡や公的な許認可の変更手続きなども進めます。
PMIは、買収後の統合プロセスを指します。店舗運営システムや人事制度の整合を図り、買収前に想定していたシナジー効果を具体的に実現していく段階です。実務上はDDや最終交渉の前後から計画を立てておくと、移行を円滑に進められます。統合が滞ると、期待していた効率化や収益アップが得られない場合があるため、綿密なプランニングと実行力が求められます。
調剤薬局のM&Aでは、売り手・買い手双方の利害や将来の事業展望を踏まえて譲渡価格(企業価値)を決定します。一般的に、中小企業・小規模企業のM&Aでは「修正純資産法」「類似会社比較法(マルチプル法)」「DCF法」といった複数の方法を組み合わせて価格を算定します。ただし、調剤薬局では独自の収益構造や許認可の影響があるため、実際の譲渡価格は“純資産+純利益の3〜5年分”を目安としつつ、現状の収益性・地域医療との連携度合い・将来の成長可能性などを加味して最終的に決定されるケースが多いです。
調剤薬局の企業価値算定では、以下の2つの要素を中心に評価されることが一般的です。
調剤薬局の継続的な収益力や保有する人材、将来性を定性的・定量的に評価し、営業権(いわゆる「のれん」)を算出します。営業利益に、地域の需要や競合状況、買い手が期待するシナジー効果などを考慮して加算することが多いです。
調剤機器、ソフトウェア、売掛金、不動産などの資産を時価で再評価し、負債を差し引いた実質的な純資産を算出します。
時価純資産価額 = (時価で評価した資産) - (負債)
これらを組み合わせて、「時価純資産価額 + 営業権価格」を基本にしながら、純利益の3〜5年分を目安とするなどして具体的な譲渡価格を交渉するのが一般的です。
調剤薬局以外の一般的な中小企業M&Aで広く用いられる株価算定手法も、調剤薬局のM&Aで応用されるケースがあります。代表的な手法は以下のとおりです。
医療費抑制や薬剤師不足など、業界を取り巻く課題は今後も続くとみられ、薬局同士の合併・再編はますます進む可能性があります。なかでも、地域の医療を支える薬局が新たな価値を生み出していくためには、スケールアップやサービス多様化が重要なテーマです。
M&Aは単なる買収・売却手段にとどまらず、経営課題を解決し、将来的な成長を図るための有力な戦略のひとつとして位置づけられるでしょう。今後、調剤薬局業界で持続的に成功を収めるためには、最新動向や価格相場、プロセスを正しく理解したうえで、専門家の意見も取り入れながら最適な意思決定を行うことが欠かせません。
少子高齢化や薬剤師不足など、業界環境が変化する中で、「薬局のM&A」という選択肢が注目されています。ただし、売却や事業承継は専門的な知識が必要であり、自分一人で判断するのは難しいことも。まずは専門のコンサルタントに相談し、自分の薬局にとって最適な道を見つけることが重要です。
このサイトでは、薬局に特化したおすすめのM&Aコンサル会社3選を紹介しています。早めに動き、将来の選択肢が広げるためにも、ぜひチェックしてみてください。
「M&A支援機関」に登録していて仲介・FA(フィナンシャル・アドバイザー)業務に対応する、薬局売却(M&A)に特化した会社をご紹介します。
売り手側からは着手金や手数料、成功報酬など一切取らない方針で、高い売却益を確保できます。
成約まで最短1週間の実績もあり、基本的にプロにお任せしたい方には特におすすめと言えます。
業界に特化したM&A支援に20年以上携わり、その実績とコネクションから、開業を希望する薬剤師の譲受手候補を2,000名以上保持。
地域医療貢献の想いを次世代へ継ぐ売却が叶います。
対応可能な仲介会社が少ない、チェーン(フランチャイズ)化したドラッグストアの譲渡や事業再生の相談ができます。
自社直営薬局のノウハウも活かしながら、年商数十億円規模まで幅広く対応可能です。